LOGIN――未練なんて残さないつもりだったのに、どうしてこんなに虚しいのだろう。そもそも、この虚しさの原因は本当に翔太への未練なのだろうか? ただ、私のこれまでの努力や積み上げてきたキャリアを、アイツに「可愛げのない女」の一言で全否定されたからかもしれないけれど……。
「……あの、藍さん。僕から一言いいかな?」
「はい? ……ええ、どうぞ」
「藍さんは『可愛げのない女性』なんかじゃないと思う。僕の見た限りではすごく美人だし、スタイルもいいし。でもそれだけじゃなくて、内面からの美しさが表に現れているというか。自分のキャリアを
「…………はぁ」
私のことはベタ
「――それはともかく、あの二人とは同じ会社なんだよね? 週明けから居心地悪くなるんじゃないか?」
今日が週末の金曜日でよかった。とりあえず明日と
「そうですね……。元カレはともかく、受付嬢とは顔を合わせないわけにもいきませんから。あの女の勝ち誇ったような顔を見ただけではらわたが煮えくり返りそうです」
「だったら、思い切って転職するのもひとつの手だと思う。そこで、だ。藍さん、ウチの会社に来ないか?」
「……えっ? 転職……ですか?」
思いがけない話しの展開に、私は目をしばたたかせた。この人――芹澤さんは、自分に(巻き添えとはいえ)水をぶっかけた張本人である私にそこまで親切にしてくれるのだろう?
「うん。ちょうど、僕の第二秘書が実家の都合で退職してしまってね、欠員が出たんで募集をかけているところなんだ。藍さんもそれに応募するといいよ。ちなみに月収は七十万円で、年に二回ボーナスも出て、副社長秘書なら役職手当もつく。年収は……ザッと千二百万ってところかな。しかも、総合職で入社してもらうから、行く行くは秘書課長のポストが待ってる。……どうだろう? 悪くない待遇だと思わないか?」
「いえいえ。悪くないどころか、めちゃくちゃ好待遇じゃないですか。……でもいいんですか?」
「藍さんがいいならね。とはいっても、コネで入社させるわけじゃないよ。採用面接はキチンと受けてもらうし、もしかしたらそれで藍さんにとっては残念な結果になるかもしれない。あくまでも、これは選択肢のうちのひとつだと考えてくれて構わないけど。受けるなら早いに越したことはないと思う」
「…………はい、分かりました。ありがとうございます。これから前職の退職に向けての手続きや引継ぎもありますので……、お返事はそれからでも構いませんか? 半月もお待たせすることはないと思いますので」
「うん、僕はそれで構わないよ。――それじゃ、連絡先を交換しておこうか。決心がついたら僕の携帯番号に電話をくれてもいいし、メッセージアプリで連絡をくれてもいい」
「いいですよ。交換しましょう」
私と芹澤さんは、お互いのスマートフォンを出して連絡先を好感した。ついでに、メッセージアプリのアカウントも。
「……これでよし、と。それじゃ藍さん、連絡待ってるからね」
「はい。芹澤さん、今日は色々とありがとうございました。あと、本当にすみませんでした。……クリーニング代、本当に払わなくていいんですね?」
「だから大丈夫だって。あと、できたら僕のことも下の名前で呼んでくれたら嬉しいな」
「…………はい。それじゃ、悠巳さん。もしそちらの会社でお世話になることになったら、その時はよろしくお願いします」
「うん。楽しみに待ってるよ、君と一緒に働けるのを。それじゃ藍さん、またね」
「はい、……また近いうちに。失礼します」
私は悠巳さんに見送られながら、駅に向かって歩き出す。まだそれほど暗くなっていないので、女性がひとりで歩いていても大丈夫だろう。……一応、護身術に合気道くらいは習得しているし(それも有段者である)。
「はー、お腹すいたな……。今日の夕飯何にしよう?」
ひとり暮らしで自炊もしているので、歩きながら冷蔵庫の中身を思い出し、夕飯のメニューを考えていた。今日の夕飯は食が進みそうだな、なんて思いながら。
――芹澤ホールディング本社のビルを出てすぐにスマートフォンの電源を入れると、悠巳さんの携帯番号から電話がかかってきた。私は嬉しいけれど、面接官の一人が面接終了後すぐに応募者の一人に個人的に連絡していいのだろうか? これって不公平じゃないの?「――はい、緒方です。先ほどはどうも」『藍さん、今日は面接、本当にお疲れさまでした。最後はあんなことになってしまって、君も疲れたろう?』「……はい。それって藤河さんのことですよね? 彼女、今日一体何をしに来たんでしょうね」 私は面接中のあれこれを思い出しながら、うんざりと言った。私も立石さんも真面目に転職活動に励んでいるのに、ああいう応募者が一人でもいると何だか真面目にやっているのがバカバカしく思えてくる。『それは僕も同感だな。こちらの質問にも真面目に答えてくれないし、そもそも本気で転職する気があるのかどうかも疑問だ。小薗さんからの報告によると、前職の父親の会社でも女王さま気取りでいたようだしね』「そうみたいですね。彼女はせいぜい、社会の厳しさってものを身をもって思い知った方がいいんですよ」『ははは、藍さんは辛辣だなぁ。でも君のそういうところ、僕はキライじゃないよ。……それはともかく、藤河さんは今回の面接では不合格にするということで、僕たち面接官四人の意見は一致しているから』「……それ、応募者の一人に個人的に漏らして大丈夫なんですか?」『う~ん、やっぱり……マズいかな? でも今回、最終的な決定権は僕にあるからね
「まずは緒方さん、どうぞ」「はい。――立石さんは面接前に少しお話をさせて頂いたのですが、前職でも秘書という仕事を長く務めていらっしゃったようなので、この仕事が大好きで本当に誇りを持っていらっしゃるんだなと思いました。役職に就いた経験はないそうですが、彼ならきっと秘書課長に昇進しても人望に助けられて立派に務められそうだなという印象を抱いております。この面接においても、彼は私にとってのよきライバルだと思っております。――藤河さんは……、失礼を承知で申し上げますが、秘書どころか社会人としても失格ではないかと。まず目上の方に対しての敬意を感じられない、仕事というものを完全になめ切っている。これまで周囲から甘やかされすぎたのでしょうね。秘書という仕事は華やかなだけではないことくらい、未経験の私にだって分かります。よくそんな浮ついた気持ちで応募してきたなというのが彼女に対する率直な感想です。――失礼致しました」「…………なるほど。緒方さん、あなたは鋭い観察眼をお持ちのようだ。将来的に秘書課を束ねる人材として、それは強みになると思います。若干、毒気が混ざっている点は気になりますが……」 私のことを褒めながらも、悠巳さんが苦笑いしている。……マズい、うっかり〝ブラック藍ちゃん〟が顔を出してしまったみたいだ。「申し訳ございません。ついつい毒舌になってしまうところが私の短所なので……」「自覚があるのなら大丈夫です。これから改善していけばいい。ですが……、あなたのおっしゃったことは間違っていないと僕は思います。管理職経験者として、藤河さんに物申したいお気持ちがあったのでしょ
「――では、前職の退職理由と志望動機を伺います。この度、弊社を受けようと思われた理由は何ですか?」 人事部長さんの質問に、私はチラリと悠巳さんの顔を見る。彼は「本当のことをそのまま言えばいい」とメッセージを下さったけれど、本当にそれでいいのかと。彼が小さく頷いたので、私はありのままを話すことにした。「まずは緒方さん、どうぞ」「はい。……私が前職を退職したのは、私自身のメンタルを守るためでした」「……とおっしゃいますと?」「実は少々、個人的なトラブルがございまして、会社に居づらくなったのですが。そんな時に、御社の悠巳副社長からお声をかけて頂いたんです。『つらいのなら、思い切って転職するのもひとつの手なのではないか』と。そして、『副社長の第二秘書が退職して欠員が出たので応募してみないか』と。正直申しますと待遇も申し分なかったですし、これまでのキャリアを捨ててでもぜひ受けたいと思い、応募致しました。悠巳副社長のご恩に報いるために」 トラブルの内容は、ここでは話す必要がないだろう。必要なのは、悠巳さんが直接この採用面接を勧めて下さったという事実だけなのだから。「……なるほど。では、副社長のツテで受けることにしたと、そういう解釈でよろしいですか?」 秘書課長から少し意地悪な質問が飛んできたけれど、これは私がこういう質問にも冷静に答えられるかどうかが見られているのだと私は分かっている。ここで逆上したら私の負けだ。「いえ、違います。私はこのお話をお断りすることもできました。ですが、御社を受けようと決めたのは私の意思ですので、それはツテということにはならないと私は考えております」「あなたの強い意思、理解しました。緒方さん、ありがとうございます。では次に立石さん、お願いします」「わたくしは前職で人員整理がございまして、早期退職を致しました。つまりは会社都合による退職……ということになりますかね。わたくしに落ち度はございませんでした。会社の規模を縮小するとのことでしたので……」 ……うーん、会社都合での退職ってなかなか言いづらいだろうな。本人に悪いところがなくても、人件費削減のために早期退職させられたりとか。立石さんも不本意だっただろうなと思う。「はい、退職理由は理解しました。では、弊社に応募された理由を話して頂けますか?」「転職サイトで拝見致しま
「……だって、わたしたち三人は同じ応募者っていう立場でしょ? だったら対等だから敬語は必要ないと思って」「藤河さん、そういう問題ではないと思うのですが……」 立石さんの意見に私も同感で、何だかちょっと頭が痛くなってきた。このお嬢さま、相当周りから甘やかされて育ってきたらしい。社会人経験もあるというのにこれって……、秘書以前に社会人としてどうなの? というレベルである。「あのねぇ、藤河さん。目上の人には最低限、敬語を使う。それが一般常識だって今まで習ってこなかったの? そもそも、あなた年齢はいくつ?」「え? 二十七だけど。だって今まで、周りの人たちがわたしに敬意を払って当たり前だと思ってきたから。パパの会社でもそうだったし」「二十七歳って……、私と同い年じゃない。あなた本当に、この会社で秘書になる気あるの? っていうか採用面接をナメてない?」 二十七で父親を「パパ」って……。別に悪くはない。悪くはない……けれど、彼女はそれを面接でも言うつもりなのだろうか? 私は怒りを通り越して呆れてきた。「私ね、前の会社ではこの若さで次長まで務めたの。だから、言うことがちょっと説教臭くなったらごめんなさい。でもね、藤河さん。あなたその調子じゃ今回の面接どころかどこの会社を受けてもダメだと思う。まずは一般常識を身に着けるところから始めなきゃ」「…………はい。でも、今日の面接は受けて帰ります。じゃないとわたし、今日この会社に来た意味がないから」
「――おはようございます。本日、副社長秘書の面接を受けに参りました緒方藍です。よろしくお願い致します」 第二会議室の前まで行くと、案内係と思しき一人の女性がそこに立っていらっしゃったので、私は丁寧に挨拶をした。年齢は三十代後半か四十代くらい。ビシッとしたスカートのスーツを着ていて背筋がピンと伸び、いかにも優秀な秘書という印象を受ける。もしかしてこの人、秘書課の偉い人なのだろうか? だとしたら、入社後は私の上司になる人ということだ。「おはようございます。私、現在秘書課の主任をしております、小薗麻由美と申します。本日の面接の案内役を務めますのでよろしくお願いします。――では、まず応募書類をお預かりしますね」「はい、こちらです」 書類を折り曲げずに入れてきた大判の封筒をバッグから取り出し、小薗さんに両手で差し出す。「ありがとう。他の二名の応募者もじきに来るでしょう。お呼びするまでそちらの椅子にかけてお待ち下さい」「かしこまりました」 私は会議室前の広い廊下に三脚並べられたパイプ椅子の一番手前の一脚に腰を下ろした。スマートフォンの電源は、この会社のビルへ入る前に切ってある。その前に、電車に乗る前からマナーモードに設定してあったけれど。「――おはようございます。あの……、あなたも今回の応募者ですか
――しっかりと朝食を摂って部屋を出る前に、スマートフォンに悠巳さんからメッセージが届いた。【面接で志望動機を訊かれたら、本当のことをそのまま言えばいいよ。 僕からこの会社を受けることを勧められたって。 面接頑張れ! 僕も面接官として会場にいるから】【分かりました。 悠巳さんのご期待にお応えできるように最善を尽くします!】 私は返信を書き込み、ガッツポーズのスタンプとともに送信した。 それにしても、彼も面接官の一人なのか……。そりゃ、副社長の第二秘書を決める面接なのだから当事者である彼は当然いるよなぁ……。 でもいいのだろうか? 個人的な繋がりで面接を受けに来たと思われたら、あまりフェアじゃないような気もするのだけれど。「……そっか。要は『彼のコネで受けに来たわけじゃない』って他の応募者や面接官の人たちに思わせればいいわけだ」 私はそのために、イチから就活をやり直すつもりで万全の準備をしてきた。絶対に、自分の実力で採用を勝ち取るために。そして、せっかく私に目をかけて下さった悠巳さんを失望させないために。「よし、行くわよ藍!」 茶色みがかったロングヘアーを焦げ茶色のヘアゴムで一つに束ね、私は気合を入れて玄関を出た。もち







